私の人生について

大学3回生、つまり就活生です。

ここでちょっと自分の過去を振り返ろうと思います。

ノートにバァーって書いたけど、まとまらなかったので簡潔に。

<小学生>

人気者になりたくて、人気者のマネをしていた。

同じ筆記用具を買ったりした。

でもそれがきっかけでイジメられるようになった。

イジメられるというか、影でコソコソ言われるという陰気なやつ。

私はそれに気づいていたから、強気な態度をいつもとっていた。給食のお代わりじゃんけんはゆかり、牛乳、梅干しのシソ、など必ず参加。大好きな給食も周りが食べ終わるスピードに合わせて、お昼休みにはみんなで鬼ごっこや一輪車、常にはみられないように周りを気にして行動していた。

でも、本質的な自分の性格は変えようとはしなかった。

なぜなら、小学校の中で私は優越感を持っていたから。

それは、

やりたいことを親にやらせてもらってたから。

水泳、書道、塾、バレエ、エレクトーンという色々な習い事をさせてもらっていた。全てある程度はできた。

書道は全国の雑誌に載るほどだったし、

塾も上の方のクラスで勉強は嫌いな方ではなかった。

バレエも二歳からやっていて、普通では体験できないバレエ団やオペラの公演にも参加しコンクールにも出場した。

エレクトーンは練習が本当に嫌いだったが、泣きわめきながらでも練習した。

こんなことを経て、プライドが高くなったんだと思う。

他の人にはなくて自分しかしてない経験がたくさんあったし、それなりに大変だったから。

それを鼻にかけて、小学校では放課後誰とも遊ぶことはなかった。遊びたかったけど、今はダメだと制御していた。今遊んだら普通やと思われると。

そんなこんなで、中学受験をした。神女という憧れの学校を受けたが、落ち、滑り止めの奈良の学校に決まった。

この頃、目標の人はいなかった。ただ、与えられたものをする。できるようにする。っていう考え。

バレエに関してはずっと自分はできる方だと思っていたが、母にそんなんでうまいと思ってたんって、非難されたことから毎日リビングにリノリウムを履いて練習していた。

足の甲が出るように毎日柔軟をして、頑張った。

小学生の頃はプライドが高かった。

でも小学校高学年になるにかけて、人に合わせるっていうことを覚えた。嫌われたくないという理由からだが。

ただ、人に合わせるが自分は変わろうとしないという点が今後に響く。

今思い出したが、自分は人の面倒を見るのが上手い。

バレエでも小さい子のお世話はいつも率先してしていた。

母には自分のことをしろと怒られたが。笑笑